大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)1748号 判決 1985年12月25日

控訴人

甲野美子

右訴訟代理人弁護士

伊藤寿朗

被控訴人

大阪高等検察庁検事長

石原一彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人の求めた裁判

原判決を取り消す。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

1  原判決の付加

原判決四枚目裏三行目の「六日であ」の次に「り、本訴の提起が昭和六〇年二月一二日であ」を付加する。

2  控訴人の主張の付加

民法七八七条ただし書の認知の訴の出訴期間につき、「父又は母の死亡の日から三年」と定めている理由として、「身分関係を不安定な状態におくことによつて身分関係に伴う法的安定性が害されることを避けることにある」との考え方があるが、現行法上、父生存中の認知の訴の提起期間については無制限であること及び父は死亡した子でもその直系卑属があるときは認知することができ、その期間の定めがないこと等にかんがみると、右考え方は説得力に欠ける上、「身分関係に伴う法的安定性が害される」とは、具体的にどのような場合を想定しているのか判然としない(相続回復請求権については、別途民法八八四条で除斥期間の定めがあるから「法的安定性」の考慮の対象外としてよい。)。

ところで、右の「法的安定性が害される」とは当事者の近親者及び世間一般が、父又は母の死後既に相当の期間が経過したため、もはや認知の訴が提起されることはないであろうとの期待を有していたところ、これに反し右訴が提起された場合等を指称するのであろうが、かような事実は、認知を求める子の幸福という事実以上に保護されるべき価値を有するものとはいい難いから、右期待に反する事実等の存在をもつて法的安定性が害されるものとすることはできず、また、右三年の定めは、長期間経過に伴う立証の困難性という訴訟経済上の理由に基づくものであると考えるのが相当であるところ、内縁中の懐胎で父性の推定が受けられる場合には親子関係の立証は容易であるから、三年経過後であつても訴訟経済に反するものとはいえず、以上によると、本件においては、右七八七条ただし書の規定は適用されないものと解するのが相当である。

理由

一当裁判所も、控訴人の本件訴えは不適法であるから、これを却下すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示と同一であるから、ここにこれを引用する。

1  原判決五枚目表四行目の「第九号証」及び同五行目の「第一〇号証」の名前にいずれも「甲」を各付加する。

2  同六枚目表五行目の「夫性」を「父性」と改める。

二なお、次のとおり付言する

1  まず、認知制度の存在は、自然血縁的な親子関係と法的な親子関係の峻別を前提としており、また、自然血縁的な親子関係の中のいかなる場合に法的な親子関係を認めるかという問題は、法政策の決するところによるのであるが、この法政策は、当該社会の政治的、経済的及び社会的な発展段階その他の諸要因によつて決定されるのである。

これを歴史的に見ると、強制認知の制度は、かつては洋の東西を問わず、いわゆる「父の捜索を許さず」として禁止され、父からの任意認知のみを認める意思主義が採られていたが、その後近代的立法のもとで逐次客観主義が採られるようになつたのであり、わが国の場合も、明治三一年施行の旧民法八三五条において初めて生存中の父母に対する強制認知を許す旨の規定が設けられ、それから四四年後の昭和一七年の民法の一部改正により、出征軍人の内縁の子を救済することを目的として、父母の死後三年間という期限付で、現行民法七八七条と同旨の死後認知の規定が創設され、また、右規定の不備を補うため、臨時に、認知の訴の特例に関する法律が昭和二四年に制定され、今日に至つているのである。

このような法制度の趣旨、沿革等にかんがみれば、現行民法七八七条ただし書の「父又は母の死亡の日から三年」とあるのを「父又は母の死亡を知つた日から三年」と拡張解釈することは、たとえ内縁中の懐胎子として父性の事実上の推定を受ける場合であつても、不相当であるといわなければならない。

2  次に、控訴人は、「身分関係に伴う法的安定性が害される」とは、具体的にどのような場合を想定しているのか判然としない旨陳述するが、現に、父又は母の死後、その死に伴う相続関係を含むすべての問題が解決され、近親者(多くの場合は正妻と嫡出子)間の生活関係が全般的に安定して平穏裡に営まれ、しかも世間一般も、右状態を正常なものとして承認して相当の期間が経過しているところ、婚姻外の子の存在という予想外の新たな事実の生起により、改めて相続関係等の問題の処理につき修正を加えるということは、とりもなおさず長年月にわたり培われた平穏な生活関係や社会状態に波乱を生ぜしめ、その維持が阻害され、ひいては近親者のみならず社会一般の利益を損う結果が招来されることを指称するものというべきであり、かかる事態も、父又は母の死後三年程度の間は、子の幸福という観点から近親者等をしてやむを得ないものとしてこれを甘受せしめ、それ以後はそれまでの事実状態を尊重すべきものとして、これを覆すことは許さない趣旨であると解すべきである(なお、控訴人は、相続回復請求権については別途民法八八四条で除斥期間の定めがあるから法的安定性の考慮の対象外としてよい旨述べているが、死後認知の出訴期間を控訴人主張のごとく解した場合には、相続関係につき、民法九一〇条等によつて修正を要し、したがつて紛争の発生する事案がなお残存することになることは、容易に考えられるところである。)。

ところで、控訴人は、認知を求める子の幸福という事実以上に、亡親の近親者や世間一般の期待等は保護されるべき価値を有しない旨主張するが、認知を求められる亡父に正妻や嫡出子がいる場合には、婚姻尊重又は家庭内の平和若しくは秩序維持という観点から、正妻や嫡出子の地位、身分及び相続関係等を保護することも重要であるといわなければならない(もつとも、本件においては、亡乙川二郎に正妻と嫡出子のいたことを認めるに足りる証拠はないが、そのような場合には別異に取り扱うべきだとする根拠も見出しえない。)。結局、民法七八七条ただし書は、非嫡出子の立場と近親者の立場を調整し、父又は母の死後三年間は客観主義に基づいて非嫡出子の福祉を優先させ、それ以後は近親者の立場を保護しようとするものであつて、それが現時点における法政策上の要請と解するのが相当である。

なお、控訴人は、三年の定めは立証の困難性という訴訟経済上の理由に基づくものである旨主張するが、控訴人の右主張によつても、前示判断を左右することはできない。

3  以上説示のとおり、父性の推定を受けるとの一事をもつて、民法の前記制限規定の適用を排除することは相当ではなく、また、死亡の日は客観的で動かし得ない事実であり、したがつてこれを基準とすることの方が、死亡事実の認識という主観的で、しかもその認定に困難性を伴う事実を基準にするよりは法的安定性に資することが大であると解されるから、この観点からも、右制限規定を「死亡の事実を知つた日から三年」と拡張的に解釈するのは相当でなく、現時点では、民法七八七条ただし書の「死亡の日から三年」という右規定の趣旨はなお尊重すべきものというべきである。

三以上によると、控訴人の本件訴えを却下した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項により、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官日野原 昌 裁判官坂上 弘 裁判官伊藤俊光)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例